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人によって異なる遺伝子の数〜日経サイエンス2009年9月号より

遺伝子のコピー数異常が病気につながる理由について
新たな見方が生まれてきた

 

 ヒトゲノム配列の概要版が公表されてから10年近くたった現在も,病気の原因遺伝子探しは完了には程遠い。ほとんどの研究者は嚢胞性線維症などの致命的疾患を引き起こすようなDNA塩基対(ATとCG)の単一変異に焦点を絞って探索してきた。しかし,そうした変異は物語のほんの一部だ。
 最近,以前はまれだと考えられていた「コピー数多型(CNV)」という異常が詳しく調べられている。遺伝子の機能そのものは完全に正常なのだが,遺伝子のコピー数が2つではなく1つだったり3つだったりする。自閉症や統合失調症,クローン病などの病気は単純な遺伝パターンには従わず,原因が何なのかは長年の謎だが,コピー数多型が一因になっている可能性がある。

 

実は誰もが持つコピー数多型 

 コピー数多型は1936年に米国の遺伝学者ブリッジズ(Calvin Bridges)が発見した。Barという遺伝子のコピーを1つ余分に受け継いだハエは目が非常に小さくなる。20年後,ヒトの染色体を調べていたフランスの研究チームが,ダウン症の原因がコピー数多型であることを突き止めた。21番染色体が1本多く,その分,ここにある遺伝子のコピー数が通常より多いのだ。コピー数多型はまれだが,病気の直接的な原因だと思われた。
 しかし2004年に状況は一変した。2つの研究チームがゲノム全域にわたるコピー数多型マップを初めて発表し,遺伝子量の違いが実はごく一般に見られることを示した。どちらのチームも,人には平均してコピー数にして約12の差があることを発見した。「すべてがひっくり返った」と,片方の論文の共著者であるトロント小児病院の遺伝学者シェアラー(Stephen Scherer)はいう。「これら大きなDNA変異は必ず病気に結びついていると,私たちも含め皆が考えていた」という。
 シェアラーはその後,英ケンブリッジのウェルカム・トラスト・サンガー研究所の集団遺伝学者ハールズ(Matthew Hurles)らとともに,コピー数多型をより細かく調べる研究を2006年に行った。270人のDNAを解析した結果,1人あたり平均47のコピー数多型が見られた。さらに2007年には遺伝子解析の先駆者ベンター(J. Craig Venter)のゲノムが解析され,62のコピー数多型が見つかった。「完璧なゲノムを持っている人のほうが明らかに例外だ」とハールズはいう。

 

身体にどう影響?

 これらの変異(大半は親から引き継いだもの)が身体にどう影響しているのか,研究が続いている。通常は2コピー(両親から1コピーずつ)の遺伝子が3コピーある場合,細胞は3コピーすべてからタンパク質を作り出し,おそらく必要以上の量ができてしまうだろう。しかし「必ずしもそうなるとは限らず,例外がある」とシェアラーはいう。正常な量のタンパク質を作ることもあり,また別の場合はコピー数多型が他の遺伝子の発現を調節するDNA配列に影響を及ぼして,状況をさらに複雑にする。
 とはいえ,コピー数多型はいくつかの複雑な病気に関連づけられてきた。2008年9月にNature誌に発表された研究は,22番染色体のある領域で300万塩基対が欠損している人の30%が自閉症や統合失調症などの精神疾患を発症するようだという以前の研究結果を確認した。2008年8月のNature Genetics誌に報告された研究では,IRGMという遺伝子の上流領域に生じた2万塩基対の欠損とクローン病との関連が明らかになった。この遺伝子は体外から侵入した細菌との戦いに関与している。
 また,BMI(体格指数)とNEGR1という遺伝子の4万5000塩基対の欠損との関連性が2009年1月のNature Genetics誌に報告された。この遺伝子は脳の視床下部の神経成長に影響している。視床下部は空腹感や代謝を調節する脳領域だ。「大量の新データが続々と出てくる」とイリノイ大学シカゴ校の精神科医クック(Edwin Cook, Jr.)はいう。

 

 

病気との関連を追って

 複雑な病気は往々にして遺伝的要因があるのに,同じ遺伝子が関連しているとは限らない。それはなぜなのか,コピー数多型が説明の一助になるかもしれない。コピー数多型は確率論的にリスクに影響している可能性があると,マサチューセッツ工科大学の集団遺伝学者でクローン病に関する論文の共著者でもあるマキャロル(Steven McCarroll)は説明する。「IRGM遺伝子関連の欠損でクローン病のリスクは40%高まるだけだが,この欠損は何百万人もの人で生じている」。その人が実際にクローン病を発症するかどうかは別の遺伝的要因や環境要因によるのだろう。
 既知のコピー数多型と病気の関連性を探すなかで,シェアラーとハールズは新たな変異を見いだした。2006年のコピー数多型マップは大きさ2万塩基対以上の変異を特定したものだったが,いま彼らが仕上げている改訂版はわずか500塩基対の変異までカバーしている。この解析によって,人はそれぞれ約1000のコピー数多型を抱え,ゲノムの少なくとも1%に上ることがわかってきた。
 「思えば,私たちの認識は実に短期間に大きく変わった」とシェアラーはいう。「しかし今後1年でさらに小さなコピー数多型が見つかり,病気に関連する一般的なコピー数多型が明らかになるだろう。2009年は画期的な年になる」。 

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