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統合失調症を追跡する〜日経サイエンス2010年1月号

出生地なども1つのリスク要因と考えられるようだ

 

 統合失調症には遺伝性があるようなのだが,はっきりしない。幻覚や思考の混乱などで統合失調症と診断されるのは一般人の1%未満だが,親が統合失調症だった人の場合,この割合は10人に1人に跳ね上がる。しかし,この病気をもたらす遺伝的原因は依然として特定できていない。最新の研究では3つの精鋭チームがヨーロッパ系の統合失調症患者8000人のゲノムデータを集めたが,遺伝的リスクを示す弱いマーカーがほんの一握り見つかっただけだった。
 Nature誌オンライン版7月1日号に発表されたこの解析結果は,統合失調症を遺伝学的手法によって力ずくで解析して果たして意味があるのか,疑問を投げかけた。「いったん立ち止まり,この病気に至るリスク経路を見直す必要があると思う」というのは,ニューヨーク大学ランゴーン医学センターで精神疾患関連研究プログラムの責任者を務めているマラスピナ(Dolores Malaspina)だ。
 遺伝学アプローチを主唱する研究者は疫学的研究を重視したくはないかもしれないが,過去10年の疫学研究から,都会生まれや移民の人たちは統合失調症のリスクが高いことを示す結果が積み重なってきた。
 統合失調症の素因は胎児の脳が発達する初期段階で出現し始めると考えられている。妊娠中にインフルエンザに感染したり栄養不足だった母親から生まれた人や,出生時に酸素欠乏などを経験した人,冬や春に生まれた人は,発症率がわずかに高い。 

 

欧州での調査研究が先行

 デンマークとオランダ,スウェーデンで1990年代に始まった研究の結果,都市生活が明確なリスク要因とみられるようになってきた。最も規模が大きいのは175万人のデンマーク人を対象にした研究だが,コペンハーゲン生まれの人は地方生まれの人に比べて統合失調症のリスクが2.5倍で,小都市で生まれた人はその中間だった。何が違いをもたらしているのかは不明だが,時期的には絞り込めた。15歳までの若い時期を都会の中心部で暮らした人が最も高リスクだったのだ。
 次に,欧州へ移り住んできた人は生粋のヨーロッパ人に比べて統合失調症のリスクが高いという発見が報告された。移民二世はその親よりもリスクが高く,アフリカ系移民の発症率が最も高かった。英国の3都市での調査では,アフリカ系カリブ人は他の人々に比べ統合失調症の治療を受ける率が9倍だった。
 近隣住民の構成も関係しているらしい。英ケンブリッジ大学の疫学者カークブライド(James Kirkbride)はロンドン大学キングスカレッジの研究者と共同でロンドン南部について調べ,選挙の投票率が高いなど「社会的つながり」の強い地域では統合失調症の発症率が比較的低いことを見いだした。
 このように一貫性が見られるにもかかわらず,人種と統合失調症の関係を調べた論文を米国の学術専門誌は重んじない傾向があると,この分野の疫学研究者はいう。このため,米国での同様な調査研究結果が論文として出版されたのは,ようやく2007年になってからだった。コロンビア大学メイルマン公衆衛生大学院のブレスネイハン(Michaeline Bresnahan)とササー(Ezra Susser)らがカイザーパーマネント健康保険に加入している1万2000人のカリフォルニア州住民を調査したデータだ。

 

米国での調査研究でも

 それによると,アフリカ系アメリカ人は統合失調症による入院率が白人の2倍で,両親の社会経済的地位を考慮に入れて補正してもこれは変わらなかった。調査対象集団は同じ健康保険に加入しているので,医療サービスの受けやすさに差があって違いを生んでいるとは考えにくいとササーはいう。
 統合失調症に明確な生物学的マーカーはないのだから,いろいろな文化集団によって統合失調症の診断基準がわずかに異なる形で適用されているのではないかと疑う声もある。だが疫学研究者によると,その議論は的外れだ。「これは与えられた集団について重要なリスクや保護因子を特定するものだ」と,ササーの研究チームに属するマーチ(Dana March)はみる。
 マーチによる暫定的な研究結果では,調査対象となったカイザーパーマネント加入者集団でオークランド郡生まれの人たちについては,人口密度の高い地域で生まれた人は統合失調症のリスクが2~3倍高く,この傾向に人種による差はないという。不健康で過密な都市部の住人は有害化学物質や病原体にさらされる機会が多いほか,幼少時に獲得した精神疾患素因の影響を抑えてくれるはずの社会資本を利用しにくい環境にあるのかもしれないとマーチはいう。
 興味深い考え方として,こうした近隣地域レベルのリスク要因がエピジェネティックな変化(生まれた後に環境要因によってゲノムに化学的な変化が生じること)を起こし,永続的な足跡として残るのかもしれない。だとすると,統合失調症の原因は地理学と遺伝学が交わるところにあるのだろう。

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