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細胞核の構造に注目〜日経サイエンス2010年1月号より

内部の配置がどうなっているかが重要らしい

 

 細胞核は生物学のブラックボックスだ。その構造や働きはほとんどわかっていない。だが,最近の可視化技術のおかげもあって,細胞核の構造をリアルタイムで調べられるようになってきた。その結果,加齢や病気,必要性の変化に応じて,核の構造が変わるらしいことがわかってきた。実際,染色体やRNA,タンパク質複合体,核小体といった核の構成要素の構造が,各要素それ自体と同じくらい重要なようだ。
 細胞核は精巧な組織だ。32億の塩基対が連なるヒトゲノムが小さな空間に収まるには40万回も折り畳まれてコンパクトになる必要があるが,それでいて遺伝子はそこで他の遺伝子やタンパク質への転写機構と相互作用しなければならない。核の構造を調べるのが難しかったのは,電子顕微鏡や抗体染色法しか手段がなく,ある一時点の様子しかわからなかったからだ。しかし1990年代になって,緑色蛍光タンパク質を利用することで,細胞核の構成要素を生きた細胞のなかで,まるで映画のようにリアルタイムで観察できるようになった。「1枚の写真は1000語の文章に値するというが,私はよく1本の映画は100万語の価値があるというんだよ」と,コールド・スプリング・ハーバー研究所の細胞生物学者スペクター(David L. Spector)はいう。 

 

活性遺伝子の位置

 生物学者たちがまず気づいたのは,遺伝子はその活性に応じて,核のなかでの位置が異なるということだった。非活性の遺伝子を含む染色体領域は外側の周辺部,DNAが密に凝集した領域に集まっているのに対し,活性遺伝子は核の中央部,DNAが疎な領域に位置している。これはおそらく,すき間のある中央部のほうが転写に必要なリソースを共用しやすいためだろう。しかし「生物学でよくあるように,例外も見つかっている」と米国立がん研究所の細胞生物学者ミステリ(Tom Misteli)はいう。活性化した遺伝子が周辺部に,非活性遺伝子が中央部に位置している例もあるのだ。
 染色体の相対的な位置関係も入念に調整されている。マウスの嗅覚細胞には1300種の匂い受容体をコードした遺伝子があるが,それぞれの嗅覚細胞で活性化するのはそれら遺伝子のうち1つだけだ。蛍光タグを使った実験で,ある受容体遺伝子が14番染色体の特定部分と物理的に接触したときにだけ発現することを示した研究が2006年に論文発表された。つまり,「これら2本の染色体が空間内で近づいて“キス”することで,遺伝子の活性を調節している」とミステリはいう。この“染色体どうしのキス”は,女性の細胞にある2本のX染色体のうち,どちらのスイッチを切るかの決定にも関与しているようだ(X染色体はふつう,片方のコピーだけが活性化している)。

 

細胞の機能に影響

 構造の変化は細胞の働きに劇的な形で影響する場合がある。独ミュンヘン大学の生物学者クレーマ(Thomas Cremer)とヨッフェ(Boris Joffe)は2009年4月,網膜にある桿体細胞(視細胞の一種で,特に暗がりで活躍する)の核の構造が夜行性マウスでは反転していると指摘した。DNA凝集領域が中央に,疎な領域が周辺部にある。理由は想像もつかなかったが,最終的には「視覚に関係しているかもしれないという信じがたい可能性に思い至った」とヨッフェはいう。38種の動物の網膜細胞について核を比較した結果,夜行性と薄暮活動性(明け方や夕方に活動する)の動物は反転構造を,昼行性の動物は通常の構造を持っていることがわかった。反転構造では光の散乱が最小になるようで,暗いなかでもよく見えるのだろうとヨッフェはいう。だが,はっきりとしたことは不明だ。
 加齢と病気も核構造の変化に関係している。一般に,細胞が年をとるにつれDNAの凝集領域が核の周辺部から内側に移動し始める。ミステリらは2008年のJournal of Cell Biology誌に発表した研究で,乳細胞ががん化する際に4つのがん関連遺伝子が位置を変えていることを突き止めた。そして,構造はがん化のリスクにも影響する。染色体どうしが近づきすぎると,がんを引き起こすような染色体転座が起きやすくなるのだ。また,奇妙なことに,てんかん発作の後にはX染色体が中心部に向かって動く。

 

謎の宝庫

 核構造のこのような変化が加齢や病気を引き起こすのか,それとも加齢や病気の結果としてこうした変化が起きるのか,あるいはその両方なのか,まだわかっていない。いずれにしろ,「核の構造をいじると病気になる恐れがある」とミステリはいう。また,核のスナップ写真を見ただけで病気や加齢関連の問題を診断できる日がいずれ来るかもしれない。
 残された最大の謎は,細胞核の中身はそもそもどのように配置されるのかということだろう。分子の足場があって,核の構成要素を所定の配置につなぎとめるのか,それともゲノムの活性が配置に影響し,それによって配置が変わってくるのか?
 どちらの仮説にもそれを支持する事実があり,スペクターはRNAが重要な役割を果たしているのだろうとみる。2009年3月,スペクターらは「パラスペックル」という核内構成要素を作り上げるのを助けているRNAを1つ同定した。細胞核の組織を制御しているメカニズムが多様で複雑なのは確実だろう。スペクターがいうように,「生物学では物事の白黒がはっきりつかない場合が多い」。

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