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性転換除草剤〜日経サイエンス2010年7月号

広く使われている「アトラジン」がカエルの性発達を混乱させるようだ

 

 米国の農地は除草剤のアトラジンまみれだ。この無臭の白い粉が約3万6000トンもまかれている。毎年ざっと225トンが空中に舞い上がり,散布地点から1000kmも離れたところにまで雨と一緒に降ってくる。そのアトラジンが動物の性に影響するらしい。オスのカエルをメスに変えてしまう性転換作用があるのだ。
 カリフォルニア大学バークレー校の生物学者ヘイズ(Tyrone Hayes)らは40匹のアフリカツメガエルを濃度2.5ppb(1ppbは10億分の1)のアトラジンに3年間さらし続けた結果を米国科学アカデミー紀要3月1日号に報告した。米環境保護局(EPA)の基準で飲料水に許容されるアトラジン濃度は3ppbで,2.5ppbはこれを下回っているが,40匹のうち30匹が化学的に“去勢”され,生殖不能になった。また4匹は実際にメスに変化し,遺伝子的にはオスであるにもかかわらず,オスと交配してちゃんと卵を産んだ。アトラジンの影響を受けなかったカエル(性行動が通常通りだったもの)は6匹だけだった。

 

女性ホルモンを増やす酵素

 研究チームは念のため,性染色体が確かに「ZZ」であるオスだけを使った(ヒトを含め哺乳動物では性染色体が「XXならメス,XYならオス」だが,カエルの場合は「ZZがオス,ZWはメス」になる)。過去の研究では,「仮に雌雄同体の両性個体に変化しても,それが卵巣を持つオスなのか精巣を持つメスなのかを知る方法はなかった」とヘイズはいう。「今回はZZのオスだけを使ったので,出現した両性個体もメスも,確かにオスから転換したものだといえる」。
 性転換を引き起こす原因は「アロマターゼ」という酵素らしい。女性ホルモンのエストロゲンの分泌を増やす酵素で,これによってオスの性腺が卵巣に変わる。アトラジンはアロマターゼの分泌を高めているらしい。
 ヘイズは1990年代からアトラジンを研究してきた。きっかけは,この除草剤がヒトを含む動物のホルモンを阻害している可能性にいち早く気づいた当のメーカーであるシンジェンタの資金提供で,これを調べたことだった。
 その後,こうした内分泌撹乱物質に関する多数の研究が続いた。カエルなどの両生類がアトラジンによって大打撃を受けていることを確認した研究もあれば,影響なしと報告した研究もあり,さらには農業地域の男性の精子の数が減っていることを示した研究もある。米地質調査所によると,米国内の河川の57%でアトラジンなどの除草剤が検出される。

 

屋外環境ではどうなのか

 しかし,ヘイズの今回の実験には批判もある。独フンボルト大学の生物学者クロアス(Werner Kloas)は,プラスチック容器から溶け出したか検査中に混ざり込んだビスフェノールAなどの内分泌撹乱物質に試料が汚染された可能性もあると指摘する。さらに,曝露濃度が2.5ppbの1種類だけであるほか,メス化したカエルについて女性ホルモン濃度を測定していないことに疑問を呈する。クロアスは以前,シンジェンタ向けにアトラジンの作用を調べたことがあり,その際にはヘイズの実験と同程度の濃度ではアフリカツメガエルに影響は出なかった。
 屋外環境中のアフリカツメガエルはアトラジンの影響を受けていないようだ。「アトラジンは南アフリカ共和国でも45年前から広く使われているが,私たちが調べたところでは,アフリカツメガエルは農業地域でも非農業地域でも問題なく生きている」と同国のノースウェスト大学にいるデュ・プリーズ(Louis du Preez)はいう。「もしアトラジンが屋外環境でもアフリカツメガエルに悪影響を及ぼしているのなら,すでに気づいているはずだ」。
 それでも欧州連合(EU)は水質汚染の恐れありとしてアトラジンを禁止した。クロアスは「個人的には,環境化学物質に関する予防原則を適用して残留化合物を徐々に減らしていくという欧州の対処法が好ましいと思う」という。
 米環境保護局は2006年にアトラジンの安全性を宣言したが,人間の健康への懸念から,この除草剤をもう一度調べ直すと昨年10月に発表した。アトラジンは結局のところ多くの生物種に影響する。「ゼブラフィッシュや金魚,カイマンワニ,アリゲーター,カメ,ウズラ,ラットについて,アロマターゼやエストロゲンの分泌量を増やす」とヘイズは指摘する。「カエルだけの問題ではないのだ」。

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