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究極理論を探して〜日経サイエンス2010年11月号より

重力理論と素粒子物理学を統合するカギは,1960年代の数学的アプローチに立ち返ることにあるのかも

 

 重力理論と素粒子物理学の折り合いをどうつけるかという科学最大の難問を解くカギは,時計の針を半世紀前に戻すことにあるのかもしれない。少なくとも,物理学の統一理論を探し求めて基本に立ち返ろうと提唱している研究者たちは,そう期待している。
 7月,カナダ・アルバータ州にあるバンフ国際研究センターに数学者と物理学者が集い,素粒子物理学の黄金時代に立ち返ろうと議論した。1960年代,物理学者のゲルマン(Murray Gell-Mann)は素粒子を質量や電荷などの特性に従って分類すると,「リー群」という複雑で対称性を備えた数学的構造と一致するパターンになることに気づいた。ゲルマンは当時知られていた素粒子をリー群SU(3)に対応づけ,その“空席”に相当する未知の新粒子が存在するはずだと予言,間もなくその「オメガマイナス」という粒子が発見されたことで,この対応関係は確固たるものになった。
 その後の数十年間,この戦略は素粒子物理学の「標準モデル」を開発するのに役立った。標準モデルは3つのリー群の組み合わせを用いて,既知の素粒子すべてと3つの基本的な力を統一的に関連づける。3つの力とは電磁力,原子核をまとめている「強い力」,放射能を支配する「弱い力」だが,重力を含めてすべてを関連づける包括的なリー群が見つかるのも時間の問題だろうと思われた。
 ところが,その試みは行き詰まった。陽子の崩壊など,未確認の自然現象がいくつか予測されたためだと,イタリア・トリエステにある国際高等研究所の物理学者ペルカッチ(Roberto Percacci)はいう。

 

廃れた「リー群」の復活

 リー群を用いる取り組みは1980年代に廃れ,ひも理論など他の統一理論候補の人気が高まった。しかしペルカッチは歴史的研究に触発され,あるモデルを伊フェラーラ大学のネスティ(Fabrizio Nesti)と共同で開発し,会議で発表した。そのモデルでは,重力は電子,クォーク,ニュートリノなど「フェルミ粒子」と総称される粒子群とともにSO(11,3)と呼ばれる大きなリー群に含まれる。光子など力を媒介する粒子の振る舞いはまだ説明できないものの,ペルカッチは同モデルが重要な第一歩になると考えている。
 ペルカッチの成果の支持者にリージ(A. Garrett Lisi)がいる。カリフォルニア大学サンディエゴ校で物理学のPh. D. を取得した独立研究者で,E8という最も複雑で精妙なリー群に究極の「万物理論」を埋め込もうとする独自の試みによって,2007年に注目を浴びた。「ペルカッチの研究は重力と標準モデルをうまく統一する」とリージはいう。
 リージのアイデアをきっかけに物理学にリー群を用いるという歴史的手法に関する数学者の関心が復活し,バンフの会議につながったというのは,E8の専門家であるエール大学のズッカーマン(Gregg J. Zuckerman)だ。「リージの試みは,重力理論と標準モデルを統一する方法としてリー群に回帰するという,より一般的な理念の表れだ」という。

 

八元数と超ひも理論

 他の研究者はこの理念を別の形で推進している。オレゴン州立大学の数学者ドレイ(Tevian Dray)と物理学者マノーグ(Corinne Manogue)は,一連のリー群を力と粒子を入れる“箱”と考えるのではなく,リー群をバラバラにして,その数学的な構成要素のひとつを調べている。「八元数」という8次元の数の体系だ(通常の実数は1次元だが,複素数は実数部と虚数部の2次元だ。八元数は1つの実数部と7つの虚数部がある)。
 多くの数学者は八元数を敬遠する。ドレイによると,八元数は代数の標準的法則に従わないためで,数学的演算を行う順序によって答えが異なる結果になることがある。ドレイとマノーグは一見すると不都合なこの非対称性を利用して,いくつかの素粒子が示す特性の偏りを説明した。例えば八元数はニュートリノの不可解な“左利き”の性質を自然に再現する。ニュートリノの量子スピンの向きが粒子の運動方向に対して常にある方向を向くという性質だ。
 また,八元数は10次元の計算を行うのにおあつらえ向きなので,この宇宙が4次元時空ではなくさらに6つのコンパクトな余剰次元を含んでいるとする超ひも理論にとって便利である可能性があるとドレイは説明する。それら余剰次元がどのようにつぶれたのか,超ひも理論研究者はメカニズムを特定できていないが,ドレイとマノーグはある特定の八元数を選択すると,これが簡単かつ自動的に達成されることを発見した。
 ドレイは完全に機能する八元数モデルを完成するにはなすべきことがまだ多く残っていると強調しつつ,「究極理論が備えていなければならない特性がぼんやりと見え始めた」という。また心強いことに,多くの研究者が異なる取り組みを通じて,取るべき正しい道がリー群にあるという興味深い手がかりを得ているという。
 それらの手がかりは強力で,数学者たちを刺激しており,メリーランド大学の数学者アダムズ(Jeffrey Adams)は専門知識を物理学者に提供してリー群手法を追求している。「これがうまくいかなかったら,がっかりだ」とアダムズはいう。

 

不都合な側面も

 しかし,それほど楽観的ではない研究者もいる。エモリー大学の数学者ガリバルディ(Skip Garibaldi)はE8に触発された懐古趣味は見当違いだという。ガリバルディはテキサス大学オースティン校の物理学者ディストラー(Jacques Distler)との共同研究で,リージの理論からは相互作用が通常のフェルミ粒子の鏡像となるような好ましからざる素粒子の存在が予言されることを示した。
 そのような粒子がもし存在するなら,既知の粒子に対して検出可能な影響をすでに与えているはずだとガリバルディは主張する。「実験によって可能性がほぼ否定された事柄を予測しているわけで,重力をE8のなかに押し込むわけにはいかない」という。
 リージは自らの理論の最新版を6月にインターネット上に公開し,バンフ国際研究センターの会議で発表した。リージは鏡像フェルミ粒子は問題だと認めつつ,E8理論は未完成だし,鏡像フェルミ粒子が一般的に考えられるよりも重いためにこれまで発見されずにいる可能性もあると指摘する。大型ハドロン衝突型加速器LHCの実験で見つかるかもしれないという。
 基本に戻ったこの研究アプローチが最終的に功を奏すかどうか,判断するには時期尚早だとズッカーマンはいう。しかし,彼の次の発言は多くの人の見方を代弁しているといえるだろう。「この論文が私にとって非常にエキサイティングであるのは確かだ」。

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