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新たな酸性雨〜日経サイエンス2010年11月号より

再び酸性雨がやってきた──今回は窒素を原因とする硝酸の雨だ

 

 1970年代と80年代に木々や魚を殺し,ワシントンのナショナル・モールにある彫像を溶かして大問題となった酸性雨。その酸性雨が少し違う形で戻ってきた。かつての酸性雨の成分が工場から排出された硫黄から生じる硫酸だったのに対し,今回は硝酸で,工場の煙突から出るだけでなく農場からも発生する。 
 酸性雨はセメントと石灰石を溶かしたり,湖や河川の酸性度を上げたりするだけではない。土壌から重要な栄養分を流出させ,植物を痛めつけ,有毒な鉱物を溶かし出して生物がすむ水系を汚染する。米環境保護局(EPA)はこの問題に対処するため,1990年改正大気浄化法に基づいて規制を強めた。同法によって,発電所からの硫黄排出量は1990年から2008年の間に59%減った。だが窒素化合物の排出はそれほど大きくは減っていない。 
 米国では硝酸雨のもととなる窒素酸化物の大半が石炭火力発電所と自動車から排出されている。しかし実は,硝酸雨のかなりの部分が,農業分野からアンモニア(NH3)の形で排出される窒素による。アンモニアが細菌によって硝酸に変わるのだ。
 最大の発生源は肥料の製造で,大気中の不活性な窒素ガスを取り込んでハーバー・ボッシュ法によってアンモニアを合成している。米国南部の集中的な家畜飼育もアンモニアを発生する。「工業的な集中管理手法がどんどん農業に導入されるようになり,水質と土壌,大気に深刻な汚染を引き起こしている」と,ノースカロライナ州立大学で大気・環境技術の教授を務めるアネジャ(Viney P. Aneja)はいう。

 

実際に被害発生

 実際に被害が記録され始めた。ニューハンプシャー州のホワイトマウンテン国立森林にあるハバードブルック実験林の研究者たちは,米国中西部北から排出された窒素酸化物が原因とみられる硝酸雨の証拠を発見し,アカトウヒやサトウカエデなどの樹木種で耐寒性や耐ストレス性が低下している可能性を報告した。 
 またケアリー生態系研究所(ニューヨーク州)の所長シュレジンジャー(William H. Schlesinger)によると,ケンタッキー州とテネシー州から出た窒素酸化物を追跡した結果,東部のグレートスモーキー山脈に漂い着いて,ひどい酸性雨と森林減少をもたらした例が見つかった。 
 大気への窒素排出削減に向けて既存の大気汚染規制を強化する手はあるものの,家畜や農場からの排出をカバーする包括的な規制法も,そうした排出を監視する適切な装置もない。シュレジンジャーは気候変動に関する議論に目を奪われて窒素問題がおろそかになったと考えており,窒素が次の最大の環境問題になるだろうと予測する。「これも,人類が図らずも世界の生物地球化学的サイクルを乱してしまった例だ」という。 
 政府が行動すれば事態は大きく変わるだろう。例えば欧州連合(EU)は1999年に酸性化防止に関して「イエーテボリ議定書」を採択し,窒素排出量を1/3に減らした。これに対し同期間の米国の窒素排出量は相変わらずだったうえ,2009年のEnvironmental Science & Technology誌に掲載された論文によるとアンモニアの排出量は1970年から2005年の間に27%増えており,傷口をさらに広げた形だ。
 放っておくと問題は悪化しそうだ。世界人口は現在の65億人から2050年には90億人に増えると予想され,これを養うために農業の生産性向上が求められて,肥料の使用量も増えるだろう。環境保護局の科学諮問機関である総合窒素委員会は6月に活性窒素問題について公開のテレビ会議を開き,硝酸雨対策などの詳細を示した概要報告書を作成した。大気中への窒素排出の監視は現状では不十分であり,監視方法についても検討している。最終報告書は来年に公表される予定だ。

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