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肥満との闘い〜日経サイエンス2010年11月号

米国で審査中の3つの抗肥満薬は安全なのか

 

 安全で効果的な減量薬は製薬会社にとっても医師にとっても長年の夢だ。米疾病対策センター(CDC)によると,米国の成人の約1/3が肥満の臨床基準に該当する。米食品医薬品局(FDA)は現在,3種類の新しい抗肥満薬について認可に向けた審査を進めている。しかし抗肥満薬には波乱に富んだ過去があり,リスクに関する大きな疑問点が残されたままだ。

 

問題含みの過去

 当初は有望に思えた薬が,発売後になって効果がないことや危険であることが判明する例がままあるとはいえ,抗肥満薬については特にそれが目立つ。1960年代,減量薬の決め手として登場したアンフェタミンは依存性が判明して姿を消した。1990年代半ばにはフェン・フェン(食欲抑制剤のフェンフルラミンとフェンテルミンの複合剤)が心臓弁の機能障害を引き起こす事件があった。つい数年前には,ある新たな減量薬が自殺行動と関連することがわかり,FDAは認可を取り消した。 
 現在,FDAの認可を受けた長期服用可能な肥満治療薬は2つだけだが,それらにも懸念がないわけではない。欧州連合(EU)はそのうちの1つシブトラミン(販売名メリディア)が心臓発作を招いたという報告に基づき,今年初めに使用を禁止した。もう1つのオルリスタット(販売名アライ)は現在でも処方箋なしで購入できるが,胃腸障害を引き起こすほか,一部の患者で肝障害との関連が指摘されている。
 それでも,研究者たちは減量薬の開発を目指すべきだと考えており,胃バイパス手術など高額で危険を伴う手術に薬剤が取って代わる日が来ると期待している。この状況は,高血圧に関する20世紀前半の状況に通じる。1960年代にβ遮断薬が登場するまで,医師は患者の末梢神経の一部を手術で除去することによって高血圧を抑えていた。現在では,高血圧の治療はほぼ全面的に薬によっている。
 だが,肥満にしろ高血圧にしろ,慢性疾患の治療薬を開発するのは難しい。「慢性疾患のほとんどは多数のメカニズムが絡み合っているので,“特効薬”が見つかることはめったにない」とペニントン生物医学研究所(ルイジアナ州)の外来臨床部長グリーンウェイ(Frank Greenway)はいう。

 

脳に作用する薬のリスク

 肥満には神経精神疾患の側面があり,それが治療をいっそう難しくしている。FDAが審査中の3つの新薬は,それぞれ脳の異なる部分に作用する。「コントレイブ」という薬は脳の報酬系に作用し,他の2つは食欲に関連する脳領域に働きかける。3種類とも体重を長期にわたって減らす効果があるようだ。心配なのは,脳に作用する以前の抗肥満薬と同様,中枢・末梢神経系に悪影響を及ぼす恐れがあることだ。
 3つの新薬の1つ「ロルカセリン」は神経伝達物質のセロトニンに作用する。セロトニンは食欲のほか,感情や心血管系の調節など,脳のさまざまな働きに関係している物質だ。メーカーのアリーナ・ファーマシューティカルズ社(サンディエゴ)は,フェン・フェンが起こしたようなセロトニン関連の心臓弁機能障害がロルカセリンでは生じないことを徹底して確認した。だが,うつや心臓病リスク因子の増大(高血圧など)につながる可能性はあり,患者が減量を急いで他の薬と併用した場合は特に問題だ。 
 他の2つの新薬,コントレイブと「クネクサ」も神経的な副作用を引き起こす可能性がある。コントレイブの成分であるブプロピオンは不安との,クネクサの主成分トピラマートは記憶障害との関連が指摘されてきた。
 コントレイブを開発したオレキシジェン社(カリフォルニア州ラホーヤ)とクネクサを開発したビブス社(同州マウンテンビュー)は,これらの薬に別の成分を組み合わせることで投与量を少なく抑え,副作用が現れないようにしたと主張している。「適切な投与量を見つけることが重要だ」とビブス社の医務担当取締役トロウピン(Barbara Troupin)はいう。

 

慎重に検討

 しかし,それでも問題が生じるかもしれない。精神衛生上の問題を抱える患者はそもそも肥満治療薬の臨床試験の被験者から除外されていることが多いので,そうした人たちが薬を使った場合,臨床試験では生じなかった副作用が現れる可能性がある。 
 2007年にサノフィ・アベンティスが安全で効果的な減量薬として神経標的薬リモナバントを発売したときに起きたのが,そうした事態だったといえるだろう。「報道発表は素晴らしかった」とグリーンウェイは振り返る。しかしリモナバントが欧州で発売されて間もなく,服用者の自殺が少しずつ報告され始めた。この薬は米国では承認されず,欧州でも後に撤回された。 
 こうした事情もあって,FDAは今回の新しい抗肥満薬を慎重に検討することになるだろう。FDAの諮問委員会は7月,副作用の懸念からクネクサの認可を僅差で否定する評決を出した。ただしFDAは同委員会の勧告に従う義務はない。
 カリフォルニア州サクラメントで減量センターを経営する医師のヘンドリクス(Ed J. Hendricks)は3つの新薬のうち少なくとも1つが認可されることを期待している。「肥満の背景にある生化学経路について理解が深まるにつれ,より特異的な作用の抗肥満薬ができるようになっている」という。問題は,そうした薬が十分に特異的に作用するか,そして広く使われても安全かどうかだ。

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