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復旧から新生目指す東北大学~日経サイエンス2011年7月号より

被災経験を災害研究に生かし,地域そして世界と共有する

 

 東北大学青葉山キャンパスにあるマイクロ・ナノマシン研究教育センター3月11日,同センター長の桑野博喜教授は企業の訪問客を応対中に激しい揺れに襲われた。長く続いた振幅の大きな横揺れが収まった後,別棟1階のクリーンルームに向かった。「重さが4トンもあるイオン注入装置など,あらゆる装置が床の留め具を引きちぎって転倒していた。鎖で固定したガスボンベも鎖の輪が伸びてはずれ,倒れていた」という。室内にいた学生らはけがもなく,全員が室外に逃れていた。
 理学研究科の福村裕史教授は大学院生のとき,1978年の宮城県沖地震を体験した。当時,化学棟で火災があったことを思い出し,居室から飛び出して化学棟へ向かうと,逃げ出す学生たちとすれ違う。実験中に有機溶剤を頭からかぶったという学生がいた。事故があったらしい7階の実験室に向かったが,フロアに入る鉄のドアが開かない。反対側の扉に回り廊下に踏み込むと,すでに黒い煙が充満。「これ以上は危険だ」。しばらくして仙台市消防局の化学消防隊が到着し鎮火した。

 

留学生1200人が一時帰国
 震災当日から3日間,工学部では約200人の学生と教職員がキャンパス内に泊まった。「余震と停電が続く中,市内の下宿先などより安心だと留学生らが集まってきた」と同学部の小野寺泰央総務課長。完成したばかりの中央棟のカフェテリアに入学試験用に用意した石油ストーブを持ち込んで夜は暖をとった。建設工事用の簡易トイレが残っていたので利用した。
 東北大学ではキャンパス内で死者はいなかったが,学生2人,入学予定者1人が自宅などで亡くなった。建物の危険度判定で28棟が危険,48棟が要注意の判定を受け,使用ができないか制限された(3月16日時点)。とくに工学部の被害が大きい。復旧には約450億円がかかると試算している。
 工学部を中心に教室が不足したため学内で融通しあい,5月6日の本格的な授業再開に備えた。プレハブ教室の建設を急ぐが,資材不足のため早くても8月になる。
 博士論文などのデータを失い実験が継続できなくなった学生も多い。他の大学の設備を使わせてもらうなど「指導教員が知恵を絞るしかない」と桑野教授は話す。

 

続きは5月25日発売の7月号誌面でどうぞ。

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