きょうの日経サイエンス

2010年12月23日

Science誌の選ぶこの10年の10大成果:マイクロバイオーム

学術論文誌Scienceの選ぶこの10年の科学の10大成果の6番目は「マイクロバイオーム」(Microbiome)。ちょっと聞き慣れない言葉ですが「人体にすむ微生物相」といった概念です。腸内細菌や腸内フロラ(腸内細菌相)といった言葉は聞いたことがあると思います。これを腸内に限らず,人体すべてに拡張した概念が「マイクロバイオーム」です。といっても,微生物数の多さでも研究の進み具合でも腸内細菌が一番でしょう。

 

人体にはさまざまな微生物が共生しています。細胞の数でいえば,人体を構成する細胞数よりも,共生微生物たちの数の方が多いくらいです(共生微生物の大半を占める細菌は,細胞のサイズが小さいのです)。

 

微生物には,病原菌もあったりしてマイナスのイメージが強いのですが,悪さをするのはホンの一握りにすぎません。プラスでもマイナスでもない,あるいはプラスに働くものがほとんどです。

 

これまでも,腸内細菌の働きがヒトの健康に大いにかかわっていることは知られていましたが,まだまだ過小評価だったようです。ヒトと体内共生細菌を分けて考えているようではだめなんでしょうね。

 

たとえば,ヒトはビタミンK2を合成することができませんが,腸内細菌が作ってくれるおかげで,欠乏症になることはまずありません。例外は生まれたばかりの赤ちゃんで,腸内細菌がまだ定着していないためにビタミンK2投与が必要となります。5月ごろでしたか,代替医療のホメオパシーが問題になりました。きっかけとなった事件は,ホメオパシーを推奨する助産師が通常の医療行為を否定するあまり,赤ちゃんへのビタミンK2投与に反対したことでした(悲しいことに赤ちゃんは亡くなりました。悼ましい話です)。

 

これとは逆に,共生細菌のおかげで食べられなかった物が食べられるようになる例は,動物界では数多く知られています。牛やヤギなどが植物繊維のセルロースを分解できるのもそのおかげですし,産総研の深津武馬先生のアブラムシの研究では食性だけでなく体の色まで,共生細菌によって変わってしまいます。

 

面白いのは人間でも食文化と腸内細菌に関係があること。4月にこのブログでも紹介しましたが,ヒトは海藻の糖類を分解できないのですが,日本人の腸内には,これができる細菌が共生しているのだそうです。一緒に調べた北米の被験者の腸内からはこのような細菌は見つからなかったのだとか。

 

ヒトのゲノムは思ったほどすばやく変化しているわけではなかったという話を12月25日発売の日経サイエンス2011年2月号に載せますが,腸内細菌はずっとずっと短期間で変化可能です。そして,腸内細菌が変わると食性が変わることがあり得ます。ゲノムが変わるよりも,ずっと速い“進化”が可能になるわけですね。

 

ちなみにマイクロバイオーム(Microbiome)の語尾にある「-ome」は,これがつくと「すべての」といった意味になります。遺伝子(gene)に-omeがついたのがゲノム(genome)です。ヒトゲノム計画以来,-omeが語尾についた新語が続々と出てきています。覚えておくと,便利ですよ。(詫摩)

 

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