日経サイエンス 

脳とクオリア なぜ脳に心が生まれるのか

はじめに

茂木健一郎

 自分の世界観が変わってしまうような出来事は、一生のうちでも何回もあるわけではない。私にとって、クオリア、すなわち、私たちの感覚に伴う質感の問題の存在に初めて気がついた時の衝撃は、本当に、世界観ががらりと変わってしまうほどのものだった。

 

 私は、今でも、人間の脳の中の分子は究極的には物理法則に従って動いていると信じている。脳に意識が宿ることによって、分子の動きが変わることはないと思っている。したがって、本書にも書いたように、人間には本当は自由意志はないと思っている。それは良いとして、このような世界観を持った人間が、従来のタイプの物理法則ではまったく説明のつかない自然の側面が存在するという、疑いの余地のない事実を突きつけられたのが、クオリアの問題への目覚めだったのである。

 

 きっかけになったのは、電車の中でノートをつけている時だった。突然、電車のがたんごとんという騒音が、その生々しい質感とともに、私の意識に迫ってきたのだ。その時、脳の中のニューロンがどのようにつなぎ変わったのかわからない。とにかく、私が認識したものが、音の周波数のスペクトルを分析するとか、あるいは「がたんごとん」と言葉で表現するとか、そのような解析の方法では決して本質に迫れないあるユニークな質感、すなわち「クオリア」を持っていることが、一瞬のうちにすっと私の存在に迫ってきたのである。この時の感動は、一生忘れないだろう。

 

 こうして、私は、クオリアの問題に目覚めた。

 

 その後、新たな目でいろいろな本を読んで見ると、クオリアの問題こそ、プラトンからホワイトヘッドまで、多くの哲学者が悩みに悩み抜いた大問題だったのだということがわかってきた。もちろん、前にも同じセンテンスを読んでいたに違いないのだが、まったく事の重大さに気がつかずに、読み飛ばしていたのだ。徐々に、クオリアこそ、心と脳の関係という、人類にとっての究極の謎のまさに核心に横たわる、最大のテーマであることがわかってきた。しかも、神経科学の発達により、クオリアを客観的な科学の問題として解明するチャンスは、今やゼロではないこともわかってきた。私たちは、とてつもなくエキサイティングな時代に生きていることがわかってきたのである。

 

 この本は、過去三年間、クオリアを中核とする心と脳の問題について考え、悪戦苦闘してきた結果の報告である。もちろん、クオリアの問題が解けたわけではない。読んでいただければわかるように、まだまだいろいろと穴だらけである。しかし、私の知性と良心が許す限り、「おそらくこの線で間違いないだろう」という、大筋のところは外してないと思っている。何よりも、クオリアの問題について自分を追い詰め、ぎりぎりしぼって考える、そのような時間の投資量に関しては、たいていの研究者にひけをとらないと思っている。理化学研究所や、ケンブリッジ大学に歩きながら、私は毎日のように、同じことばかりを考えてきた。

 

 私の見立てでは、「クオリア」は、おそらく今後10年、20年、あるいは100年くらいのオーダーで、脳科学はもちろん、情報科学、コンピュータ・サイエンス、さらには哲学、文学、心理学などの、キーワードになるのではないかと思う。クオリアの重要性が最近になって増したというわけではない。もともと世界を理解する上で最も重要な概念だったクオリアに、神経科学の発達により、客観的なメスを入れるチャンスがついに到来したということなのである。クオリアをとりまく状況が変わったのだ。

 

 この本の読者が、そのような未来への感触を少しでもつかんで下されば、私は幸せである。

 

 最後に、私が脳を研究するきっかけを与えてくださった日本学術会議会長で理化学研究所国際フロンティア研究システム長の伊藤正男先生に感謝の意を表します。また、出版の全過程でプロフェッショナルな示唆を下さった日本経済新聞社出版局科学出版部の松尾義之氏に感謝いたします。

 

1997年3月      英国ケンブリッジにて 茂木健一郎

 

 

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著者

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)

ケンブリッジ大学ポストドクトラル・フェロー。東京大学理学部物理学科卒業,理学 博士。理化学研究所を経て,現在ケンブリッジ大学のHorace Barlow研究室に所属( 1997年12月よりソニーコンピュータサイエンス研究所)。専門は生物物理学で,とく に,理論神経科学,生体運動,情報処理の理論の研究を続けている。1962年生まれ。