日経サイエンス  2020年6月号

特集:サイバー戦争

サイバー 監視の攻防

吉川和輝(日本経済新聞)

世界で最初に新型コロナウイルスの感染爆発が起きた中国では,流行拡大を食い止めることを目的に,感染者の行動を追跡・監視するシステムがフル稼働した。

 

中国・国家衛生健康委員会は2月,ウイルスの感染拡大を防ぐためのスマートフォン向けのアプリ「密接接触者測量儀」をリリースした。人気対話アプリの微信(ウィーチャット)や決済アプリの支付宝(アリペイ)などと連動してこのアプリを起動し,公開されているQRコードを読み取ると政府のシステムにつながり,自分の氏名や電話番号,政府発行IDを入力する。ユーザーが過去にコロナウイルス感染者と接触した可能性がある場合,警告文が画面に表示される。接触があったかどうかは,ユーザーと同じ職場や学校,住居に感染患者がいた,あるいは過去に利用した列車や旅客機などに感染者がいたといったデータから判断される。こうした情報は,ユーザーや感染者の属性データや電子マネー決済の履歴から取得されている。

 

サイバー空間を舞台に,個人の行動を追跡してテロや犯罪の防止に利用したり,人々の嗜好や消費行動を分析してビジネスの可能性を広げたりする試みが広がっている。大規模な監視カメラ利用やSNSでの行動・発言を監視する動きは特に中国で際立っており,新型コロナウイルス感染拡大の抑止に効果を上げたが,国ぐるみの監視社会に向かっているとの批判も強い。一方,日米欧など先進諸国では,GAFAを中心としたIT有力企業による個人の行動追跡が一段と高度化しており,プライバシー保護との兼ね合いで議論を呼んでいる。

著者

吉川和輝(よしかわ・かずき)

日本経済新聞社編集委員。1982年入社,産業部,ソウル支局などを経て科学技術部記者に。米マサチューセッツ工科大学で科学ジャーナリズムを学んだ。2012~2015年に日経サイエンスの発行人を務めた。現在はエマージングテクノロジー,物理学,宇宙開発,科学技術政策などのテーマで執筆している。

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