日経サイエンス  2019年12月号

詳報:ノーベル賞

生理学・ 医学賞:低酸素環境に応答するメカニズムの解明

出村政彬(編集部)

アスリートが高地トレーニングによって身体を鍛えるように,私たちの体は酸素の薄い環境に徐々に適応する能力を持っている。私たちは五感で直接捉えられない酸素の量を一体どうやって感知し,順応しているのだろうか。2019 年のノーベル生理学・医学賞は,動物が持つ「低酸素応答」の仕組みを分子レベルで解き明かした3 人の研究者に贈られる。

米ジョンズ・ホプキンズ大学のセメンザ(Gregg L. Semenza) 教授は,小児科の研修医を経て造血ホルモンのエリスロポエチン(EPO)の研究に着手し,EPO遺伝子の転写量を制御するDNA配列を発見。この配列に結合するタンパク質も見つけ,低酸素応答誘導因子(Hypoxia-inducible factor,HIF)と名付けた。

セメンザ氏の成果は1990 年代前半から中ごろにかけての仕事だ。ヒトゲノムが解読される2003 年より前のゲノム研究は,病気の遺伝子1つを決めるだけでも大変だった。低酸素応答のシステム解明は,地図を持たずに大海原に出て,新たな島を探す探検のようなものだ。

小児科医の視点からこの新たな島にたどり着いたのがセメンザ氏なら,異なる分野から船出し,同じ島にたどり着いたのが米ハーバード大学のケーリン(William G. Kaelin)教授と英オックスフォード大学のラトクリフ(Sir Peter J. Ratcliffe)教授だ。がん研究者のケーリン氏と腎臓専門医のラトクリフ氏は,HIFが酸素の有無に応じて低酸素応答遺伝子のスイッチをオン・オフする分子メカニズムを解明した。

3氏の成果を土台として,「酸素生物学」と呼ぶ研究分野が確立された。低酸素応答は貧血やがんとも密接に関わる。今年9月には,HIFの仕組みに作用する貧血の治療薬「ロキサデュスタット」の製造承認をアステラス製薬が国内で取得した。臨床経験を持つ3氏の研究が結実し,再び臨床現場に生かされ始めている。

 

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