日経サイエンス  2019年8月号

特集:アポロから半世紀 人類,月へ

あの「小さな一歩」から

C. モスコウィッツ(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

50年前の7月,36階建てビルと同じ高さでゾウ400頭に相当する重さのサターンⅤ型ロケットが,フーバーダム85基分の出力よりも強力な爆発に乗って空をゆっくり上っていった。宇宙空間に達し,地球周回軌道を離脱し,月周回軌道まで旅をした後,宇宙船の一部を切り離して操り,異星の地に軟着陸した。さらにすごいのは,月面を歩き回った後に月着陸船に戻って離陸し(他の天体からの離陸も初だった),月面の上空約60マイル(100km弱)を周回していた指令船に再び結合し,地球への復路を飛行して,2日後に太平洋に無事着水したことだろう。

 

この離れ業に世界中が興奮し,この調子でいけば月への植民や火星旅行も遠くはないと想像した人も少なくなかった。だが,アポロ計画の最後の宇宙飛行士が月面を後にした1972年以降,月に行った人間はおらず,火星や太陽系のどこかに人間を送り込む計画は,当時と比べてほとんど具体化していない。

 

アポロ以降のすべての米国大統領が月の有人探査を約束したといってよいが,いまやそうした意思表明は気まぐれで実現性に乏しいかけ声に聞こえるようになってきた。去る3月にペンス副大統領(Mike Pence)がトランプ政権として2024年までに宇宙飛行士を月面に着陸させる意向を表明したとき,一般市民の反応は疑念に満ちた冷ややかなものだった。

 

だがアポロ11号から50周年を迎えたいま改めて考えれば,このばかばかしいほど野心的な挑戦が実行可能であることは,すでに実証ずみなのだと気づかされる。当時,計画の準備期限は短く,コンピューターは一部屋ほどのサイズで,米国はベトナム戦争で負けつつあり,女性は平等を求めて街頭をデモ行進し,アフリカ系米国人は人間として扱われる権利を求めて,ときに命を犠牲にして戦っていた。

 

月着陸の時代を米国の最良の瞬間として思い起こす人が多い。ものごとが明快で,現在よりも調子がよく,希望に満ちた時代だったと。しかし,アポロ11号は偉大な時代を体現するものではなかった。それはむしろ,ひどい時代においても偉大なことを実行できるという事実を証明するものであった。

 

人々が苦闘し,米国が分裂し,世界が怯えているときであっても,私たちは大きな夢を追うべきだ。アポロ11号は,人間の最もよいところを,それが最も必要とされているときに,私たちに示した。世界が同様の苦難に直面しているいま,実際に再び月を目指すかどうかはともかく,新たなムーンショットの勢いを利用することができるだろう。

原題名

One Small Step Back in Time(SCIENTIFIC AMERICAN July 2019)

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