日経サイエンス  2019年4月号

特集:走る動物 ヒト

サバンナをゆく俊足のチーターや,軽やかに草原を駆ける馬を見るとき,どうにも私たち人類はのろまで,運動の苦手な動物のように思われる。しかし優れた知能を搭載したこの動物は,自らの体の動かし方を磨き上げてきた。短距離走から長距離走に至るまで,私たちの「走り」はその長い歴史の中で確実に洗練されてきている。
特に,科学的な考察が盛んに加えられるようになったここ数十年の変化はめざましい。走るという一見単純なこの行動について,バイオメカニクスや運動生理学の観点から多くのことがわかってきた。ヒトの体に備わった走るための機能を正しく使いこなすことで,短距離走やマラソンの記録はまだ伸びる可能性がある。
一方,私たちの遙か昔の祖先にあたる森の霊長類たちは,お世辞にも優秀なランナーとは言えなかったようだ。走る機能は,むしろその後数百万年にわたる人類の進化の歴史の中で培われてきた。樹上や森を離れ,私たちは開けたサバンナの中で走らなければ生き残れない環境に直面したためだ。その結果,泳ぎ続けなければ生きていけない一部の回遊魚たちよろしく,私たちの体は走り続けることを前提とした環境に適応してしまった。「走り」は人類繁栄の足がかりとなったが,家でゴロゴロして過ごしたい私たちの足かせにもなっている。

 

 

バイオメカニクスから見た走りの人類史  出村政彬
運動しなければならない進化上の理由  H. ポンツァー