日経サイエンス  2018年9月号

特集:究極の未解決問題

意識とは何か

C. コッホ(アレン脳科学研究所)

 あなたが体験していることすべてが,意識だ。それは頭から離れない調べであったり,チョコレートムースの甘さ,ズキズキする歯の痛み,我が子への熱烈な愛,そしてすべての感覚がついには終わりを迎えるという苦い知識であったりする。

 

 これらの体験の起源と本質は「クオリア」とも呼ばれ,古代から現在に至る長い謎である。タフツ大学のデネット(Daniel Dennett)をはじめ心を考察している現代の分析哲学者の多くは,宇宙を物質と虚空からなる無意味であるととらえ,意識の存在はそれに対する耐え難い公然の侮辱であるとして,意識は幻であると断言している。つまりクオリアの存在を否定するか,科学によって調べることは決してできないと主張している。

 

 その主張が正しいなら,この記事は非常に短いものになるだろう。あなたと私を含めすべての人が自分に感情があると確信しているのはなぜか,その理由を説明すれば事足りる。だが,歯が膿んで痛い場合,その痛みが妄想であると説く高尚な議論を拝聴しても痛みは少しも和らぎはしないだろう。私は心身問題に関するこの見込みのない解決策にほとんど共感できないので,先に進むことにしたい。

 

 大多数の学者は意識の存在を既定事実として受け入れ,科学によって記述される客観的世界と意識の関係を追求している。四半世紀以上前,私はクリック(Francis Crick)とともに,意識に関する哲学議論(少なくともアリストテレス以来ずっと続いてきた議論)をやめて,意識の物理的な足跡を探すことにした。脳のなかにある興奮性の非常に高い物質が意識を生んでいるという見方はどうだろうか? それを突き止められたら,もっと根本的な問題に迫れると期待できる。

 

 

再録:別冊日経サイエンス230「孤独と共感 脳科学で知る心の世界」

著者

Christof Koch

シアトルにあるアレン脳科学研究所の首席科学者兼代表。SCIENTIFIC AMERICANの編集顧問も務めている。「Consciousness: Confessions of a Romantic Reductionist」(2012年)など著書多数。

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人工知能の意識を測る」C. コッホ/G. トノーニ,2011年9月号

原題名

What Is Consciousness?(SCIENTIFIC AMERICAN June 2018)

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