日経サイエンス  2018年8月号

特集:エッシャーを超える

脳を裏切る立体

杉原厚吉(明治大学)

 目でものを見るとはどういうことか。外の世界は網膜の上に2次元の画像として映る。その画像情報が脳に送られて処理された結果,私たちは目の前の奥行きのある立体世界を理解できる。しかし,2次元の画像に対応する立体は,一意には定まらない。近くにある小さい立体かもしれないし,遠くにある大きな立体かもしれない。さらに,その形にもいろいろな可能性がある。画像に奥行きの情報がないために,与えられた画像と同じに見える立体の形には,無限の可能性がある。

 一方,人は,画像を見たとき,その無限の可能性のすべてを思い浮かべることはない。多くの場合,その中の1つの形を瞬時に思い浮かべる。それはどんな立体か。実は私たちの脳は直角が大好きで,脳は画像に映っている立体の無限の可能性の中から,直角のなるべく多いものを選んで即座に思い浮かべてしまうらしい。しかも,立体の本当の形を知ったあとでも,その知識を無視してしまう。いわば,理性とは別に脳に備わる自動回路で勝手に画像を処理して立体の奥行きを理解するのである。

 これは観察から得られた仮説だが,これに基づいて立体を作ると,実際に脳を欺くことができる。だから私は,この仮説は限りなく真実に近いと感じている。この仮説から創作した新しい錯視立体を紹介しよう。いずれの作品も,鏡に映すなどで視点を変えることだけで,思ってもいなかった不思議な体験をできるはずである。

 

 

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著者

杉原厚吉(すぎはら・こうきち)

明治大学研究・知財戦略機構先端数理科学インスティテュート特任教授。数理工学を専門とし,特に計算幾何学,コンピュータービジョンなど幾何学の現実問題への応用に取り組むうち, 錯覚を手掛かりに,人の知覚・認識行動を数理モデルを通して理解し,日常生活での安全性の向上やアート・エンターテインメント分野で応用する研究をするようになった。

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