日経サイエンス  2017年9月号

特集:マルチバースと多世界

「インフレーション理論に異議」に物理学者33人が大反論

マルチバースはインフレーション理論の研究から導き出された仮説だ。インフレーションは宇宙の大部分で永遠に続いているとの見方があり(永久インフレーション),その中でたまたまインフレーションがいったん終わった部分の1つが私たちが存在する時空で,それを私たちは唯一無二の宇宙(ユニバース)として認識しているが,同様にして無数の宇宙が生み出されていると考える。

 

インフレーション理論について,本誌は2017年6月号で研究の現状と将来展望をまとめた巻頭特集「インフレーション理論の現在」を組んだ。1本目の記事では,宇宙最古の光である宇宙マイクロ波背景放射(以下,背景放射)の全天観測によって理論の検証が進んでいる状況を,この分野の世界のリーダーの1人である独マックス・プランク宇宙物理学研究所の小松英一郎所長の協力を得て紹介した。インフレーションのモデルは多数提唱されているが,背景放射の観測研究が進展し,有力モデルがかなり絞り込まれてきたと小松博士は述べている。

 

ただ,背景放射の観測データについて,小松博士らとは別の解釈をする研究グループも一部にある。その代表格が米プリンストン大学のスタインハート博士らのグループだ。宇宙が約138億年前に誕生した刹那にインフレーションが生じたというのが小松博士をはじめとする多くの研究者の見方だが,スタインハート博士らは,宇宙はそれ以前から存在し,当時は収縮しつつあったが,約138億年前に膨張に転じたと考える。このバウンス理論に立てば,宇宙最初期にインフレーションが生じる必然性はなくなり,マルチバースの論拠は失われる。

 

ではスタインハート博士らは背景放射の観測データをどのように解釈してインフレーション理論に異議を唱えるに至ったのか。6月号の巻頭特集では,2本目の記事として博士らが執筆したSCIENTIFIC AMERICAN誌2月号の記事を翻訳,「インフレーション理論は盤石か?」(原題は“Pop Goes the Universe”)と題して掲載した。この博士の記事に対して当代を代表する日米欧33人の物理学者が連名で反論の書簡を同誌に寄せ,これに対してスタインハート博士らも応答したので以下に掲載する。

 

書簡の執筆者にはインフレーション理論と背景放射観測のパイオニアはもちろん,宇宙論や素粒子理論の有力研究者や重力波観測のパイオニアも名を連ね,ノーベル賞やフィールズ賞の受賞者も何人もいる。日本の研究者では小松博士と,本号(2017年9月号)のマルチバースの記事を執筆した野村泰紀博士,重力理論の研究で知られる佐々木節博士が加わっている。野村博士によると書簡の文案が完成するまでに執筆者の間で約1000通のメールがやり取りされたという。

原題名

A Cosmic Controversy(SCIENTIFIC AMERICAN July 2017, Letters欄)

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