日経サイエンス  2017年9月号

特集:マルチバースと多世界

マルチバースと多世界 インフレーション理論と量子力学のつながり

野村泰紀(カリフォルニア大学バークレー校/東京大学)

「インフレーション」というと,通常はこの宇宙が始まった直後,137億年前に起きた爆発的な加速膨張のことをいう。しかし私たちの宇宙の外ではインフレーションは終わることなく続いており,新たな宇宙も生まれ続けているという理論がある。この「永久インフレーション」の理論に立つと,私たちの宇宙もそのようにして生まれた無数の宇宙のひとつにすぎず,はるかに大きなマルチバース(多宇宙)の一部だと考えられる。だが,この考え方には難点がある。マルチバースの中では起こりうる事象はすべて無限に起こるため,ある事象が起きる確率を計算することができない。将来に起きることを予言できず,物理学の理論としては役に立たなくなってしまうのだ。

 

だが,マルチバースの多宇宙が実空間にあるのではなく,量子的な重ね合わせとして確率空間に存在すると考えると,この問題を回避できる。インフレーション理論のマルチバースは量子力学におけるエヴェレットの多世界と等価であり,どの時空が存在しているかは観測者によって異なる。この考え方は,ブラックホールに飲み込まれた情報がどこにあるかを巡る,近年の議論ともうまく整合する。

著者

野村泰紀(のむら・やすのり)

2000年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了,理学博士。米国立フェルミ加速器研究機構研究員などを経て,現在は米カリフォルニア大学バークレー校教授でバークレー理論物理学センター長。米国立ローレンス・バークレー研究所上級科学者,東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員を兼任する。専門は宇宙論,素粒子論。近著『マルチバース宇宙論入門 私たちはなぜ〈この宇宙〉にいるのか』(星海社,2017年7月) で,一般の読者に向けてマルチバースとは何かを解説している。

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エヴェレットの多世界」,P. バーン,2008年4月号。
The Many Worlds of Hugh Everett 量子力学の多世界解釈に関する追加情報

原題名

The Quantum Multiverse(SCIENTIFIC AMERICAN June 2017)