日経サイエンス  2017年7月号

フロントランナー挑む 第70回

CERNから福島へ 測定を重ね事実を紡ぐ:早野龍五

小玉祥司(日本経済新聞シニアエディター)

宇宙から消えた反物質の性質をスイスで探り
福島第1原発事故で起きた被曝の実態を調べる
共通するのは,膨大な測定データから事実をあぶり出す科学の手法だ

 

早野龍五は,スイスのジュネーブ近郊にある欧州合同原子核研究機構(CERN)で反物質を探究する国際共同実験グループのリーダーだ。だが研究者以外にとっては,福島第1原子力発電所の事故で飛散した放射性物質による「被曝を測定した先生」として記憶されているだろう。まったく異なるかに見える2つの活動に共通するのは,膨大な測定データを積み上げることで事実を見極めようとする科学者としての眼差しである。

 

「ここからこっちは物理関係者,こっちは福島の人の席です」。この春,東京大学を退官した早野は3月半ば,東京大学本郷キャンパスの小柴記念ホールで,最終講義に詰めかけた来場者の交通整理に声を張り上げていた。来場者は定員を大幅に上回り,立ち見でも入りきれず,隣室にはテレビ中継が用意された。弟子たちが集まる通常の最終講義とはかけ離れたこの光景が,早野の活動範囲の広さを物語る。最終講義の演題は「CERNと20年 福島と6年」。和服姿で登壇した早野は用意した222枚のスライドを使いきり,約2時間の講義を駆け抜けた。

 

早野が率いる反物質の研究グループASACUSA(「低速反陽子を用いた原子分光と原子衝突」の英語表記の略)は20年にわたり,CERNの加速器を使って反物質を作り,その質量を計測する実験を続けてきた。物質と反物質は,電荷の正負が逆なだけで,あとはそっくりだ。宇宙ができたときには同数あったはずだが,今の宇宙には物質しかない。その理由とされるのが「CP対称性の破れ」で,すでに様々な実験で確認されている。ASACUSAが目指しているのは,さらにT(時間)を足した「CPT対称性の破れ」の有無の検証だ。

 

続きは5月25日発売の日経サイエンス7月号で。

早野龍五(はやの・りゅうご)
東京大学名誉教授。1952年岐阜県大垣市生まれ。1979年東京大学大学院理学研究科修了,理学博士。高エネルギー加速器研究機構助教授などを経て,1997年から2017年3月まで東京大学教授。2008年度仁科記念賞受賞。2016年からスズキ・メソードの才能教育研究会会長。放射線影響研究所評議員,ほぼ日サイエンスフェローを兼務。