日経サイエンス  2014年10月号

特集:広がる知覚

代替現実で時間をワープ

古田彩(編集部) 協力:藤井直敬(理化学研究所)

 真っ白い部屋の中,黒いヘルメットのようなヘッドマウントディスプレーをかぶったAさんが座っている。ディスプレーを通して見ている部屋の中に,赤い縞シャツを着た藤井直敬氏が現れた。会話は普通にできるのに,握手するように差し出された手を握ろうとすると,なぜか行き違って触れない。と,思うともう1人の藤井氏が部屋に入ってきて,2人の藤井氏が歩き回った。2人とも半ば透明で,幽霊のように存在感がない。「ここにいる僕は本物ですか?」と1人が問いかけた。目の前で行き来する人は現実か,それとも過去の記録の再生か──。

 

 ここは,埼玉県和光市にある理化学研究所脳科学総合研究センターの一角,適応知性研究チームの藤井直敬チームリーダーらが構築した代替現実(SR=Substitutional Reality)システムのデモンストレーションルームだ。頭の向きに応じて見えるものが変化するヘッドマウントディスプレーに,目の前で起きている現実の出来事と,過去の出来事が交互に,あるいは混ざって映し出される。両方の質が同じなので,感じられるリアリティも同じ。しばらく座っていると,次第に現実と仮想の区別がつかなくなってくる。

 

 過去の画像をSRシステムで再生すれば,いつでも誰でもそれを新たに「体験」できる。他人の視点を経験したり,多くの人で共有したりすることも可能になる。それは現代のタイムマシンと言えるかもしれない。
 
 
再録:別冊日経サイエンス207「心を探る 記憶と知覚の脳科学」

協力:藤井直敬(ふじい・なおたか)
理化学研究所脳科学総合研究センター適応知性研究チームのチームリーダー。東北大学医学部を卒業,眼科医となったが,研究者に転じた。社会的な脳機能について研究している。

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

SR代替現実ハコスコヘッドマウントディスプレー