日経サイエンス  2013年4月号

特集:首都直下地震

絵で見る安政江戸地震

編集部

 安政江戸地震は関東大震災の68年前,幕末の1855年(安政2年)に起きた。江戸市中の約30カ所で出火したが,風による延焼は少なくてすんだ。それでも犠牲者は1万人近くに及んだ。当時の江戸の人口が約100万人だったので100人に1人という計算になる。被害は現在の東京駅あたりから東側の地域が大きかった。中央区京橋あたりの震災直後の様子を描いた絵を見ると,土蔵には多くのひび割れが入り,画面手前の家屋はひどく壊れている。浅草の浅草寺は五重塔の先端が地震によって曲がった。先の東日本大震災では東京タワーの先端が曲がったが,それと同じようなことが起きたようだ。江東区深川あたりの情景を見ると,家は壊れ,瓦屋根は崩れ落ち,火の手が上がっている。関東大震災では皇居前広場が避難地となったが,安政江戸地震でも同様だった。江戸城近くの夜景の絵を見ると,電気がなかった当時,多くの提灯が掲げられていた。堀の石垣はかなり崩れている。安政江戸地震の前年には安政東海地震と安政南海地震が起きた。伊勢湾に襲来した大津波に見舞われた船の模様が当時出版された『安政見聞録』に記載されている(国立公文書館所蔵)。他の絵は『安政見聞誌』による(いずれも日本社会事業大学附属図書館提供)。

 

 

再録:別冊日経サイエンス217 「大地震と大噴火 日本列島の地下を探る」

 

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