日経サイエンス  2013年3月号

特集:量子ゲーム理論

パラドックスに合理あり

G. マッサー(SCIENTIFIC AMERICAN 編集部)

 20世紀を通じて,科学者と数学者は,我々には合理的に理解できないような何かが常に存在することを,はからずも認めざるを得なくなった。よく知られているように,ゲーデル(Kurt Gödel)は1930年代,数学という合理的な世界でさえ,どんなに巧妙に公理系を作っても,どこかで新たに証明不可能な命題が生じることを示した。経済学者と政治学者はこれに似た限界が社会を組織する合理的規則にもあることを見つけ,また科学史家は科学論争は事実のみに基づいて決着できるものだという信念に傷をつけた。しかし合理性に対する究極の限界は,量子物理学によってもたらされた。これによれば,物事というものはなぜそうなるかという理由なしに起きるのだ。

 

 ところが過去10年の間に,事態は奇妙な展開を見せた。人間が認識できる範囲を制限するとばかり思われた他ならぬ量子物理学の理論が,私たちをそのような制限から解放することがわかったのだ。それは私たちの物理的世界に関する認識だけでなく,私たち自身に関する認識をも拡大する。合理的思考の規則を豊かにすることによって,合理性がたどりつく窮地から私たちを救い出す。量子物理学のより広い観点からは,人間の行動はテレビのニュースが示唆するほど非合理的なものではなさそうだ。

 

翻訳は高エネルギー加速器研究機構の筒井泉氏。

著者

George Musser

原題名

A New Enlightenment(SCIENTIFIC AMERICAN November 2012)

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