日経サイエンス  2013年1月号

フロントランナー 挑む 第22回

不連続なものの形の本質を探る:小谷元子

古田彩(編集部)

連続な物体も,よく見れば個々の原子の集団だ

不連続なものの形の本質を探り,連続なものへと橋をかける

その先にあるのは,材料科学の変革かもしれない

 

 「数学の話になると,先生はアスリートの顔になりますね」。数学者,小谷元子を撮ったカメラマンがこうつぶやいた。黒板に向かい,数学を解説する時の小谷の表情は,試合に臨むスポーツ選手のそれだと言う。撮影したカットを見ると,確かに自らの研究について話す時の小谷は,研究所の一角で撮影させてもらった時の柔らかい雰囲気から一変している。その凛とした表情に惹かれて,右の写真を,最初の一枚に選んだ。 (文中敬称略)

 

不連続なものの形を知る

 

 東北大学教授の小谷の専門は,大きなくくりで言えば幾何学だ。幾何とは,ものの形を理解する学問である。その代表的な手法のひとつは,そこに何かを置いてみて,どんなふうに動くかを見ることだ。例えば球面の 1 点に熱を加えてみる。その熱は時間とともに,あらゆる方向に同じスピードで広がっていくだろう。だがこれが球面でなくドーナツ形だったら,熱はどんな動き方をするだろうか?

 

 熱の伝わり方を数学的に語るのは,「熱方程式」と呼ばれる偏微分方程式だ。ある形の上で偏微分方程式の解がどう振る舞うかを調べることで,その形自体についての情報を得ることができる。そうした学問領域を「幾何解析」と呼ぶ。幾何解析は20世紀後半に大きな躍進を遂げ,物理学や情報科学に多大な影響を与えた。

 

 だがこの球面を超高性能の顕微鏡で見ると,違う風景が見えてくる。一様で滑らかな材質の球面に見えていたものは,実は並んだ原子の集団だ。ある原子が得た熱は,原子同士の相互作用によって,ほかの原子に移っていく。こんなふうに空間にパラパラと離散的に配置された原子が受け渡していく熱の振る舞いは,連続した球面のそれとは違って,偏微分方程式では語れない。代わりに用いるのは確率論である。だが,その具体的な道具や手法はまだきわめて少ない。

 

 小谷はそうした新たな道具や手法を開発し,周期的に並ぶ原子の配列の形と,その上で熱が拡散する様子との関係を明らかにした。そしてそこから,離散的な形についての情報を得る新たな方法を生み出した。

 

 

再録:「フロントランナー 挑戦する科学者」

小谷元子(こたに・もとこ)
1960年大阪府生まれ。83年東京大学数学科卒業,90年東京都立大学で博士号取得。99年東北大学助教授,2004 年同教授。独のマックスプランク研究所,仏の高等科学研究所でも研究した。原子分子材料学高等研究機構(AIMR)副機構長を経て,2012年4月から現職。2005年に猿橋賞受賞。たまの休日にはふらりと書店めぐり。「たくさん本があるところが好きなんです」。

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離散幾何解析 確率論 AIMR