日経サイエンス  2012年12月号

特集:「限界」を科学する

量子の限界を覆す

D. ドイチュ A. エカート (ともに英オックスフォード大学)

 量子力学はかつて,限界を語る理論だと考えられていた。量子力学が支配する原子や電子などは,古典力学で慣れ親しんできたボールのようには扱えない。測定は不確定性原理によって制約を受け,起きる事象はランダムで制御できない。半導体の微細化が進んで量子力学の領域に至ると,情報技術は壁に突き当たると懸念されていた。

 

 だが実際には,そうした障壁は存在しない。それどころか,量子力学はこれまであると思われていた限界を解き放った。物体に備わった「重ね合わせ」や「不連続性」といった量子的な性質は,情報技術に限界を課すものではなく,むしろリソースになる。

 

 また量子力学は,数学や論理といった抽象的な分野にも新たな可能性を開く。数学的な真実は物理学とは独立に存在するが,我々がその知識を得るプロセスは物理過程だ。何を知ることができるかは,物理法則によって定まる。量子力学は基本の論理的操作を広げ、それによって数学もまた変わるだろう。

 

 

再録:別冊日経サイエンス199「量子の逆説」

著者

David Deutsch / Artur Ekert

ドイチュはオックスフォード大学の理論物理学者で,汎用量子コンピューター理論の提唱者。子どもの頃に「これまでに理解されたことをすべて理解するのは不可能だ」と聞いて反発し,物理学に関心を持つようになったという。エカートは,オックスフォード大学の大学院生だった時に量子もつれを利用した新たな量子暗号を発明した。現在はシンガポールの量子技術センター所長とオックスフォード大学数学研究所教授を兼務。趣味は小型飛行機の操縦とダイビング。

原題名

Beyond the Quantum Horizon(September 2012)

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