日経サイエンス  2012年12月号

特集:「限界」を科学する

人間は限界に挑む

R. M. サポルスキー(スタンフォード大学)

 「ヒトは人類史の99%を,広大なサバンナで小さな狩猟採集集団を作って暮らしてきた」。人類学者と膝を交えて,人間の本性について語り合う機会があれば,きっとこのお決まりの話を聞かされるだろう。これは科学界で昔から言われていることであり,真実だ。

 実際,直立歩行や大きな脳など人間の特徴の多くは,祖先が何百万年もそうした生活を送る間に発達してきたものだ。もちろん,私たちはこのような極めて有用な革命的進化を遂げた一方で,二足歩行からくる腰痛に苦しんだり,大きく発達した大脳皮質のために内省するようになり,自己の存在に絶望感を抱くようにもなってしまった。進化ではよくある話だが,代償は付きものなのだ。

 私たちが作り上げた,人類史全体からすればごく最近の世界は,これまで私たちの体と心が適応してきた世界とは著しく異なっており,進化の代償をいっそうひどくしている。獲物を追いかけて食料を調達しなくても,宅配ピザ業者に注文すれば夕食が届けられる。日ごろ身内や友人と一緒に過ごしていなくても,フェイスブックにログインすれば彼らと情報交換できる。しかしそこでは,人間のありようを説明するために人類学者が持ち出すお決まりの話はもはや通用しない。

 私たちが進化の過程で適応してきた環境と,私たちが現在遭遇する様々な状況の間にこうしたミスマッチが生じる原因は,人間のもう1つのおそらく最も重要な特徴にある。それは進化によって課せられた限界を,より速く移動したり,より賢くなったり,より長生きしたりするためのツールを開発することによって超えたいという衝動だ。そんなツールの1つが科学だ。

 私たちは科学というツールを発明したことで,「論より証拠」とばかりに目に見えることしか信じない石器時代の思考様式から抜け出すことを迫られ,将来に直面する難題(インフルエンザの世界的流行や気候変動など)をクリアできるようになった。科学は,常に向上したいと願う人間に特有の衝動が表れた究極の形といえるだろう。

著者

Robert M. Sapolsky

スタンフォード大学の生物学および神経科学の教授。野生のヒヒのストレスを中心に研究している。また,人間のありようをテーマとした一般向けのエッセイや本も数多く執筆している。

原題名

Super Humanity(SCIENTIFIC AMERICAN September 2012)

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