日経サイエンス  2011年1月号

新連載:フロントランナー 挑む 第1回

300億年に1秒の差を測る究極の時計 世界標準へ:香取秀俊

古田彩(編集部)

時間はあらゆる量の中で最も精密に測ることができる

その限界を3桁押し上げる超精密時計が日本から生まれた

10年以内に時間を定義する新たな国際標準になりそうだ

 

 時間は,実は柔らかい。1cm高いところに移動すると,重力がわずかに小さくなり,相対論の効果で,少しだけ速く進む。ただしその差は,1秒間に0.000000000000000001 秒。300億年に1秒だ。香取秀俊は,この18桁目の数字を検出できる超精密な「光格子時計」を提唱し,今,その実現に王手をかけている。  (文中敬称略)

 

 研究室を訪ね,実験装置の小さな窓から中を覗いた。直径2mm ほどの青い光がふわりと空中に浮いている。数百万個のストロンチウム原子の雲で,光格子時計の心臓部だ。この原子集団が吸収する光の波が,429 兆2280 億422 万9873.65 回振動する時間が1 秒となる。
 独立に作った2 つの光格子時計で測った時間が,常に17 桁目まで一致することを確認。現在最も精密な原子時計の15 桁を超えた。「やるべきことはまだたくさんありますが,18 桁までいけると思います」。各国での定常運転試験を経て,2019 年の国際度量衡総会で,約50 年ぶりに秒の定義を書き換えると期待されている。
 時間はかつて,地球の運行によって決められていた。だが地球の動きは案外気まぐれで当てにならない。そこで1967 年から,より安定で正確な,原子が吸収する電磁波の周波数で時間を決めるようになった。
 現在の時間標準を決めている原子時計は,セシウム原子が吸収するマイクロ波の周波数を用いる。だが90 年代末,可視光を極めて精度良く測定する「光コム」技術が開発された。周波数計測には不確定性原理による揺らぎが伴うが,高いほどその影響は小さくなり,精度が向上する。可視光の周波数はマイクロ波の約10 万倍。「光時計の時代が来る」と誰もが考えた。
 中でも最有力候補は,たった1 個のイオンが吸収する光の周波数を測る「単一イオン時計」だった。今の原子時計は多数の原子をまとめて測るが,原子どうしが相互作用するため,精度が頭打ちになる。イオン1 個を測る単一イオン時計は,周囲の影響を完全に排除する「究極の時計」だといえる。

 

 

再録:「フロントランナー 挑戦する科学者」

再録:別冊日経サイエンス202「光技術 その軌跡と挑戦 」

香取秀俊(かとり・ひでとし)
東京大学大学院工学系研究科教授。1964年東京都生まれ。94年に東京大学で博士号取得,独マックス・プランク研究所を経て97年に科学技術振興事業団(現JST)五神協同励起プロジェクトグループリーダー。99年に東京大に戻り,2010年から現職。10月からJSTの香取創造時空間プロジェクトを率いている。

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